あの感動の北京オリンピック
その決勝のマウンドに立っていたピッチャー、上野由岐子投手は今でも日本のトップクラスのピッチャーです。
もはやレジェンドと言っても過言ではない上野投手。
その上野投手についてご紹介します。
プロフィール
まず、上野投手のプロフィールをご紹介します。
誕生日 1982年7月22日
身長 174cm
血液型 A
ポジション 投手 右投・右打
出身 福岡県
出身高校 福岡大附属若葉高校(福岡)
所属チーム ビックカメラ女子ソフトボール高崎
背番号 所属チームでは7番、日本代表では17番
日本リーグ17年度記録 [勝 敗] 13勝0敗 [防御率] 0.56
日本リーグ個人賞受賞歴
MVP:8回
最優秀投手賞:6回
最多勝:8回
ベストナイン:6回
新人賞
日本代表歴
’14 アジア大会・世界選手権、’12 世界選手権、’10 アジア大会、’08 オリンピック、’06 アジア大会・世界選手権、’04 オリンピック、’02 アジア大会、世界選手権、’99 世界ジュニア選手権
ジュニア時代も輝かしい経歴で小学生で県大会優勝、そのあと中学で全国制覇をし、九州女子高等学校2年の時最年少で参加した1999年世界ジュニア選手権でエースとして優勝に貢献。
ジュニア離れした速球(球速は高校生時で107km/h、日本人最速を記録していた)でオリエンタル・エクスプレスと呼ばれていました。
実業団に入ってからも、日本リーグでの優勝に貢献したり200勝の達成など活躍をされています。
日本代表としても、主なものとしてですがアテネオリンピックで銅メダル、北京オリンピックで金メダルを獲得している。
エピソード
ソフトボールを始めるきっかけ
1歳で歩きはじめ3カ月後に走っていて、幼稚園に入ると補助輪なしで自転車に乗りこなすように。
足も速く駆けっこでは、いつもトップだったのでつまらないということになり、「ユキちゃん(上野投手)の次の子がいちばん」というルールが生まれるぐらい速かったそうです。
スポーツが得意だったので上野投手のお母さんは頭が小さく、四肢が長くスタイルが良かった上野投手にジャズバレエを習わせようと教室に連れて行くも、ブルーのタイツとトーシューズをはかせた瞬間、大泣きしたため、1回でやめることに。
次に「じゃ、マラソンでオリンピックに出て、金メダルを取ろう」といっしょにお父さんと走ることに。
そして小学1年生のとき地元のちびっ子マラソン大会で3位になり、そのときの銅メダルがうれしくて、「今度は金色」と走る距離を伸ばした。
近所では、「こんなにうれしそうに走る子は見たことない」といわれ、そのうわさを聞いた地元の少年ソフトボールの監督が、上野投手を誘ったことがソフトボールを始めるきっかけになったそうです。
順風満帆だったが選手生命を揺るがすケガをする
九州女子高等学校に進学し、高校でも大活躍で、2000年に開催されたシドニーオリンピックで代表候補に名前が挙がります。
しかし体育の走り高跳びの授業中に腰椎を骨折するケガをおってしまいます。
じつはこの時、体育を見学していたのですが一度だけ跳ぼうととんで、怪我をしてしまったのです。
このけがでオリンピックを断念したのですが、それ以上に深刻だったのがケガの具合で、医者からはポーツだけでなく日常生活にも支障をきたすかもしれないと宣告を受けていたのです。
しかし、懸命な治療とリハビリ、まわりに支えてもらいながら、上野由岐子選手はその強い精神力のもと奇跡的に回復をしました。
北京オリンピックでの413球
上野投手を語る上で、この北京オリンピックでの413球は外せません。
上野投手は同日に行われた準決勝のアメリカ戦、3位決定戦のオーストラリア戦ともに先発完投。
投球数は21イニングで318球を数えていました。
そして次の日の決勝、アメリカ戦でも先発完投。
この試合は95球。2日間で、413球を投げ、日本を優勝に導いたのです。
この時の感動は今でも忘れません。
チーム全員がマウンドにいる上野投手の元に駆け寄り人差し指を天に突き上げたのです、「日本が世界一」だと。
特にオーストラリア戦では、延長になり足がつりそうになるトラブルにも見舞われながら投げ切りました。
その試合後は夜中までケアを受けたそうです。
そんな満身創痍の状態での決勝での熱投の末の、金メダル。
このときの上野投手にあこがれたソフトボール少女たちは沢山いたことと思います。
まとめ
幼少期から恵まれた体格と身体能力と努力ですばらしい成績を残してきた上野投手ですが、選手生命を揺るがすような大怪我や、北京オリンピック後の2年の代表辞退、ひざのけがなど決して平たんではない選手生活でした。
たくさんの障害や困難を乗り越え、36歳の今も日本のそして世界トップクラスのピッチャーに変わりはありません。
ストレートの速さは現在115㎞で(最盛期は最高速度121㎞でした)ストレートの威力はもちろんのこと変化球やコントロールも抜群です。
まさに現役選手ではありますがレジェンドの名にふさわしい選手です。
上野投手はこれからもソフトボール少女たちの目標となり、あこがれの選手となることでしょう。
